作者名:ジョナサン・キャロル 創元推理文庫
ぼくの目の前で、少年がトラックにはねられた。事故のあと町の人間が聞いてきた。「あの男の子、はねられる前は笑ってました?」笑って?…ここはアメリカの小さな町。1人の天才作家が終生愛した町。ぼくは彼の伝記を書くために逗留している。だが知らなかった、この世には行ってはならない町があることを。ファンタジィ・ホラー驚異の処女作。
物語があふれ出し、素敵で不気味な雰囲気を醸し出す。
恐ろしくも‟平和”な町を、訪れてみませんか?
本好きの心をくすぐるホラー度:★★★★
主人公の青年・トーマスは、亡くなった有名な映画俳優の息子で、
本人は平凡な高校教師。
あるとき決心をし仕事を辞め、前からいつかやりたいと思っていた、
心酔する作家の伝記小説を書くことにします。
その作家マーシャル・フランスは謎多き人物で、
亡くなってから何人もが伝記小説を書こうとしても、
上手くいかなかったらしく…。
同じくマーシャルの熱烈なファンである女性・サクソニーと知り合ったトーマスは、
彼が愛した町ゲイレンに、一緒に赴きます。
そこでは、マーシャルの娘・アンナを始め、友好的な住民がいて、
伝記小説のための取材は上手くいくかのように見えたのですが…。
ある朝、男の子が轢かれる交通事故を目撃してしまい、
さらに住民の理解不能な会話に混乱。
その後も、奇妙な現象が続き、
ついにマーシャルとゲイレンの秘密が明らかになるのですが、
そこで、トーマスに求められたこととは?という物語です。
怪しい住民がいる町にたどり着いてからの恐怖体験!というと、
いかにもアメリカンホラーという感じですが、
本作は、またちょっと違ったテイストの作品なので、
ダークファンタジーという言い方がぴったり!
不気味で幻想的な世界観に浸りたい!という人に、おすすめです。
悪夢と幻想の展開度:★★★★★
マーシャルの作品のタイトルや登場人物が引用されるのですが、
「笑いの郷」「桃の実色の影」「星の湖」「緑の犬の嘆き」といった作品に出てくる、
‟油の女王”や‟気のふれた凧クラング”など、非常に気になる世界観!
不気味に素敵なおとぎ話っぽくて、読めないのが残念(泣)
この絶妙なネーミングにそそられる人は、
キャロルの「月の骨」という作品もおすすめです。
こちらは、より不思議で幻想的。
このマーシャルの作品に魅せられた主人公と、謎めいた住民たちの物語なので、
もう不穏でミステリアスな雰囲気がたっぷりです。
町の空気を味わっていたら、あれよあれよと悪夢的展開に引きずり込まれ、
それがけっこう快感…。
そして、何といっても、ラストがにくい演出で秀逸な小説!
個人的に、このラストで一気にお気に入りになった作品でした。
屈折した登場人物度:★★★
メインで出てくる登場人物は、それぞれ事情を抱えていて、鬱屈しています。
有名な映画俳優の息子としてしか見てもらえず、
亡き父に対する歪んだ愛情と憎しみを抱いているトーマス。
彼の語りは、父ばかり注目されることへの嫌悪に満ちていながら、
映画や父の言動を基準にしがちで、もう見るからに屈折しています。
なかなか好きになれない人物かもしれませんが、
まぁ確かに、この育ちは歪んじゃうかも…。
恋人サクソニーも、幼少期にいろいろあった女性で、
聡明だけれどナーバスになりやすく、どこか危ういです。
反対に、マーシャルの娘アンナは、逆らいにくい強さを感じますが、
それだけではなく、読者を信用させない曲者みたい。
この3人と住民たちの、人物造形と言動が非常によく考えられていて、
ただ怖いところへ行って恐怖体験をしてくるだけの小説では、終わらないのです!
鬼才ジョナサン・キャロルのデビュー作!
悪夢と混乱が調和した、独特の雰囲気を持つ作品です。