作者名:恒川 光太郎 角川ホラー文庫
雷の季節に起こることは、誰にもわかりはしない―。地図にも載っていない隠れ里「穏」で暮らす少年・賢也には、ある秘密があった―。異界の渡り鳥、外界との境界を守る闇番、不死身の怪物・トバムネキなどが跋扈する壮大で叙情的な世界観と、静謐で透明感のある筆致で、読者を“ここではないどこか”へ連れ去る鬼才・恒川光太郎、入魂の長編ホラーファンタジー。文庫化にあたり新たに1章を加筆した完全版。
隠れ里と因習、物の怪と憑依された人間…伝奇要素たっぷりのファンタジー。
予想外の世界に連れ去られる恒川作品は、やはり面白い!
魅力的かつ恐ろしい世界度:★★★★★
主人公の男の子・賢也が暮らすのは、現代社会から隔離された隠れ里「穏(おん)」。
限られた人間しか出入りすることが出来ず、
車や電話がない、昔ながらの素朴な暮らしを営んでいます。
この穏には「雷の季節」が存在し、この期間に賢也の姉がいなくなってしまい、
彼は老夫婦に引き取られることに。
友人も出来て、平穏な日々を送っていたのですが、
「墓町」という立ち入り禁止区域に入ったことで、彼は恐ろしい事実を知り、
命からがら、穏から逃げ出すことになってしまいます。
実は一人だけの逃避行ではなく、賢也は周囲に秘密にしていたのですが、
彼には「風わいわい」という物の怪が憑いており、
相棒の力を借りながらの旅路になります。
穏は、一見のどかで素朴な里という雰囲気ですが、
いつから穏の住民かでヒエラルキーがあるし、墓町には当然のように幽霊が来るし、
魅力的ながらも、恐ろしい世界!
穏の賢也のほかに、普通の街で継母から虐げられて暮らす少女のパートもあるのですが、
こちらにも、穏から来たまがまがしい存在が関わってきて…。
2つの物語は、後半に意外な形で混ざり合い、
クライマックスは、すべての因縁を終わらせようとする、圧巻の展開!
ひょっとしたら存在するかもしれない世界の、魅力と恐ろしさがつまった作品でした。
魅惑の物の怪度:★★★★
墓町に訪れる幽霊たちに、穏の外に生息する人を襲う獣などが出てきますが、
何といっても、重要なのが賢也に憑りつく「風わいわい」。
他の人間には、風霊鳥とも呼ばれており、
物の怪というより、もっと神秘的な存在のよう。
年齢不詳の女性の声で、憑依された人間に語り掛け、話し方は品がある感じ。
主人公に大きな影響を及ぼし、家出した少女にも関りがあり、物語のキーマン的存在。
憑依した人間のことは基本的に守ってくれるし、
不思議だけど邪悪なものではないみたいだし、
風わいわいだったら、関わってもいいかも…。
対して、絶対関わりたくないのが、穏出身の不死身の殺人鬼「トバムネキ」!
ある事情で、死んでも2~3年で蘇り殺戮を繰り返す、本作のラスボス的存在です。
トバムネキの存在が、穏にいて面識のない賢也にどう関係してくるのか、
読み進めるうちに、じわじわ分かってくるから、気になって止まらず…。
やはり出てくる人でなし度:★★★
恒川作品、ちょくちょく出てくるのが、イラっとする人格破綻者。
「夜市」に収録されている「風の古道」や、
「秋の牢獄」の「神家没落」などに、
本当にどうしようもない人間が出てくるのですが、
本作に出てくる殺人者は、その中でも圧倒的に人でなしです!
超自然的な力があるし、現代社会に属していないし、やたら長生きをするものだから被害拡大。
加えて、賢也がまだ穏に暮らしている部分でも、とんでもない本性を持つ人間が出てくるので、
怪異や神秘的存在がいるホラーファンタジーでありながら、
恐るべき人殺しも出てくるサイコサスペンスでもあり、
少年と少女が旅路の果てに真相にたどり着く、ロードノベルでもあるのです。
色んな要素が絡まり、予想外の結末に連れ去るのが、恒川マジック!
懐かしくて恐ろしくて切なく、どこか美しい物語。
物語がどんどん様相を変えていく…そんな作品が好きな人におすすめです!