作者名:皆川 博子 ハヤカワ文庫JA
第二次大戦下のドイツ。私生児をみごもりナチの施設「レーベンスボルン」の産院に身をおくマルガレーテは、不老不死を研究し芸術を偏愛する医師クラウスの求婚を承諾した。が、激化する戦火のなか、次第に狂気をおびていくクラウスの言動に怯えながら、やがて、この世の地獄を見ることに…。双頭の去勢歌手、古城に眠る名画、人体実験など、さまざまな題材が織りなす美と悪と愛の黙示録。吉川英治文学賞受賞の奇跡の大作。
戦時中から戦後にかけての、耽美でおぞましい、戦慄の物語。
驚愕のクライマックス…そして、最後の最後に…?
心臓に悪い展開度:★★★★
第2次世界大戦中のドイツが舞台で、第1部の主人公マルガレーテは、
19歳の若く美しい、未婚の妊婦。
出産のために、私生児を身ごもった母親のための、ナチが運営する施設、
レーベンスボルンに身を置いています。
厳しい状況で、施設の仕事を手伝いながら、無事に男の子を出産したマルガレーテは、
突然、施設で力をもつ医師・クラウスに求婚されます。
美しい少年の歌声に、異常な執着を示す彼は、ポーランドから連れてこられた、
素晴らしい声を持つ、2人の少年を引き取りたいのですが、
独身であることが、問題に。
クラウスは、歌声のために、
マルガレーテは、我が子との安全な暮らしのために、結婚します。
しかし、次第に戦況が悪くなるとともに、
マルガレーテを取り巻く状況も、クラウスの偏執的な言動も、
子どもたちの苦しみも、悪化していき…ついに、事件が!
第2部では、第1部の結末がはっきりしないまま、
15年たった戦後に舞台が移ります。
語り手も変わり、マルガレーテのその後は?となりますが、
第1部の登場人物が現れ始め…因縁が繋がっていき、ああやっぱり不穏な雰囲気!
各々が胸に思いを秘めたまま、第3部に突入し、
一気に驚愕のクライマックスへ。
戦時中の、危うい空気に満ちていて、
語り手も含め、誰もかれもが不安定な立場にいる、第1部がもう心臓に悪い!
第2部・第3部もどんどん不穏に展開し、最後までハラハラハラハラ…。
ひえ~と思いながらも、とにかく気になって、読むのが止まりませんでした。
美と愛と狂気度:★★★★★
第2次世界大戦中の、ナチスドイツの思想や、
巻き込まれた人間の、生き残るための行動、
その後のドイツに生きる人々の姿、などまで丁寧に描かれている大作ですが…。
内容で際立っているのが、
芸術にのめり込んだ人間の、愛ゆえに罪を犯した人間の、
信じていたものを捨てられない人間の、裏切りを許せなかった人間の、
狂おしいまでの執念!
退廃的で美しい、妖しい雰囲気の作品の中で、
歴史と狂気に翻弄される人々の姿に、引き込まれてしまいます。
何というか、いかにも皆川博子作品です!という小説。
世界大戦中のヨーロッパが舞台の「薔薇密室」もおすすめです。
ラスト、そういうことなの⁉度:★★★
ついに火薬が爆発し、恐ろしい事態に発展した、第1部のラスト。
とんでもないところで戦後の第2部に移り、
一体あのとき、何があったの?とやきもきしますが、
第3部のクライマックスで、謎が明らかになり、驚きつつもスッキリします。
なるほどそういうことだったのね~と、納得し、
さすがは皆川さんだなぁと、余韻に浸っていたら…あらあらあら?
丁寧な美しい文章の、どっしりした作品ですが、
新しさを感じる仕掛けもあって、楽しめました。
この世界…覗き込むのが怖いけれども、読み始めたら止まらない。
妖しい魅力に満ちた、歴史ミステリの傑作です。