作者名:恒川 光太郎 角川ホラー文庫
鳴り響く胡弓の音色は死者を、ヨマブリを、呼び寄せる―。願いを叶えてくれる魔物の隠れ家に忍び込む子供たち。人を殺めた男が遭遇した、無人島の洞窟に潜む謎の軟体動物。小さなパーラーで働く不気味な女たち。深夜に走るお化け電車と女の人生。集落の祭りの夜に現れる予言者。転生を繰り返す女が垣間見た数奇な琉球の歴史。美しい海と島々を擁する沖縄が、しだいに“異界”へと変容してゆく。7つの奇妙な短篇を収録。
「日常から異世界へ」の妙手が描く、幻想ホラー短編たち。
そんなに怖くないけれど、幻想的な世界を味わいたい人におすすめです。
大人の琉球おとぎ話度:★★★★★
「夜市」「雷の季節の終わりに」「南の子供が夜いくところ」「秋の牢獄」といった、
日常からいつの間にか異世界に連れ去られる、幻想ホラーの名手・恒川さんの短編集。
7つの短編のすべてが、沖縄(時代はさまざま。本土復帰前の話も)を舞台にしており、
主に島で起きる不思議な話が語られています。
どれも、切なく静かに胸に迫る物語で、
島のどこか現実離れした幻想的な描写も合って、
沖縄を舞台にした、大人の悲しく美しいおとぎ話、といった感じ。
怖さはあまりなく、ホラーより幻想小説感が強いかもしれません。
かといって、分かりにくい訳ではなく、ときにハラハラする内容も。
とくに幻想的な雰囲気が強いのが、「弥勒節」「幻灯電車」「私はフーイー」です。
「弥勒節」は、ある男性が、謎の胡弓を譲り受け、不思議な運命に引き込まれる話。
島に存在する、関わってはいけない存在‟ヨマブリ”とは、一体何なのか…。
切なく悲しく、何とも沖縄らしい雰囲気の、魂の物語でした。
「幻灯電車」は、悲しく残酷な運命を送らざるを得なくなった少女と、お化け電車の邂逅の話。
生きた人間のものではない、恐ろしくも幻想的な電車が出てくる話にも関わらず、
人間の人生の、ままならなさと生々しさが描かれていて、何とも印象深かったです。
壮大さという点では、「私はフーイー」がダントツ!
琉球王府の時代に生きた、異国から来た不思議な力をもつ女性・フーイーが、
転生を繰り返すという物語です。
そう長くない期間に、転生を繰り返すフーイーは、
けれどもそのたびに大きく変化している沖縄に出会うことになり…。
ラストシーンは、力強く壮大で、美しい。
この短編集のトリを飾るのに、ふさわしい話だなぁと思いました。
邂逅によって変化する人生度:★★★★
妖しい、人ならざるものとの邂逅により、人生が変化する物語が多いです。
「クームン」は、ある物を渡すと、願いを叶えてくれるのかもしれない、
不思議な男に出会った少年少女の話。
子どもが、邪気のない物の怪に出会う、という可愛らしい雰囲気を最初は出すのですが、
ある事件に遭遇したことから、物語の雰囲気は変化していきます。
幼いころの不思議が、郷愁を感じさせる、でもハラハラする作品。
「月夜の夢の、帰り道」でも、怪異との出会いをきっかけに、少年の人生が変化します。
こちらは、もっと残酷で悲しいのですが、後半意外な展開を見せる物語。
最後から2番目に収録されている作品で、やるせない話が続いたあとに読めて、ちょっと嬉しい。
個人的に好きです。
ホラー色が強いのが、「ニョラ穴」と「夜のパーラー」。
追い詰められた男性の手記、という形で語られる「ニョラ穴」は、
無人島の洞窟にいる怪物の話なのですが、
歪で恐ろしいのはそれだけではない…恒川さんらしい作品。
いちばん怖~…。という感じなのが「夜のパーラー」で、
夜に営業しているパーラーを見つけ、そこで働く若い女性と出会ったがために、
恐ろしい事態に巻き込まれる男性の話。
だんだんと、人間の怖さが出てきて、やっぱり怪物より人の方が怖いわ!
と再認識させる話だと思いました…。
どの話も、不思議な存在との邂逅によって、人生が変化し奇妙な世界に迷い込むのですが、
もたらされる結末は、実にさまざまです。
残酷で美しい度:★★★
当時の素朴な暮らし、海に囲まれた島々、沖縄独特の営みのリズム、語られる伝承。
これらが存在する美しい島を舞台に、
ときに恐ろしく不思議な事態に巻き込まれ、
ときに人間の悲しさ生々しさが入り混じり事件が起き…。
人の醜さと残酷な歴史あり、穏やかな暮らしの優しさ美しさあり、
といったアンバランスさが、奇妙で魅力的です。
やっぱりこの作品は、夜にじっくり、浸りながら読むのがおすすめ。
「夜市」のような超展開や、「雷の季節の終わりに」のハラハラ感はあまりなく、
全体的に、落ち着いた雰囲気の、静かな余韻をもたらす短編集です。
‟島”は、何となく特別な空気があるような…。
現実離れしたホラーファンタジーはいかがでしょう?