作者名:桜庭 一樹 集英社文庫(講談社文庫もあり)
五歳のあたしに、ママは言った。「コマコ、逃げるわよ」。母の名前はマコ、娘の名前はコマコ。美しい母と、小さなその分身。老人ばかりの村や奇妙な風習の残る温泉街などでの逃避行の中でコマコは言葉を覚え、「物語」を知る。いつまでも続くように思えた二人の旅は突然終わりを迎え、一人になったコマコは無気力に成長し、そして「物語」を自ら紡ぎ始める―。母と娘の因縁を描く渾身の長編小説。
追い詰められた母娘の逃避行は、何故かおとぎ話めいた不思議な雰囲気。
母と娘の物語に、読者はどんどん引き込まれます。
何だか奇妙な逃避行!度:★★★★
5歳の女の子・コマコが、公営住宅に住んでいる記憶から、物語は始まります。
父はおらず、元女優の若く美しい母・マコとともに暮らしていましたが、
ある日、突然マコに「コマコ、逃げるわよ」と言われ、
長い逃亡の旅に出ることに。
母マコのための存在であると、自らを考えているコマコは、
ひたすら母とともに、いくつもの村や町を旅します。
山間の雪国の村や、奇妙な風習がある温泉街など、いくつかの町をめぐる2人。
マコは追い詰められていて、行き当たりばったりに、たどり着いた町に居つき、
コマコも学校に行かず、静かに大人しく過ごします。
そんな逃避行ですが、時間が止まったような町で、
2人はそれなりに穏やかに暮らしたり、住民と交流したり。
日本のどこかの話なのに、不思議な風習や人々の様子は、どこかおとぎ話めいていて、
最初想像していた、母娘の緊迫の生々しい逃走劇とは、何かが違うような…。
けれども、そこが読んでいてたまらなく魅力的でした!
第1部と第2部、異なる魅力度:★★★★★
母マコと娘コマコの、長い逃亡の旅路である、第1部「旅」。
旅が終わり、無気力になってしまったコマコの生き様を描く、第2部「セルフポートレイト」。
どちらも、異なる魅力に満ちています。
特に、わたしは第1部が、読むのが止まらず。
訪れる場所での、現実離れした雰囲気の暮らしが印象的で、
次の町は、一体どんな場所で、何が起こり、2人に変化はあるのか、
などが気になって、ついつい読み進めてしまいました。
第2部は第2部で、旅が終わり、学校にも通うようになったコマコが、
今までとのあまりにも大きい違いと、自らの存在そのものに悩む様子が、
とても不安定で危なっかしくて、ハラハラ。
次第に、コマコは自分の物語を紡ぐようになるのですが、
この物語も、ときに壮大でときに物悲しく、素敵です。
特殊な育ち方をしたコマコの視点で進む物語は、
どこか地に足がついていないかのような、不思議な感じ。
そして最後のシーンで、コマコが見つけたものは…納得のラストでした。
読み応えたっぷり度:★★★
初期傑作「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」は、
そんなにボリュームのある本ではないわりに、とにかく心に残ります。
日本推理作家協会賞を受賞した「赤朽葉家の伝説」は、
母娘孫娘・3代の物語が、どっしりと響く名作。
親子の禁忌を描き、直木賞を受賞した「私の男」は、インパクト強し。
そして、本作「ファミリーポートレイト」はというと、
負けないくらい読み応えたっぷりです。
大作ですが、桜庭さんの文章は読みやすいので、意外とするする進んでしまう…。
桜庭作品好きには、ぜひ読んでいただきたいです。
歪な形になってしまっても、強い強い、母娘の結びつき。
マコとコマコの魂の旅を、ぜひ読んでみてください。