作者名:小川 哲 ハヤカワ文庫JA
サロト・サル――後にポル・ポトと呼ばれたクメール・ルージュ首魁の隠し子、ソリヤ。貧村ロベーブレソンに生まれた、天賦の「識(ヴィンニャン)」を持つ神童のムイタック。運命と偶然に導かれたふたりは、軍靴と砲声に震える1975年のカンボジア、バタンバンで邂逅した。秘密警察、恐怖政治、テロ、強制労働、虐殺――百万人以上の生命を奪い去ったあらゆる不条理の物語は、少女と少年を見つめながら粛々と進行する……まるでゲームのように。
「君を殺す」――復讐の誓いと訣別から半世紀。政治家となったソリヤは、理想とする〈ゲームの王国〉を実現すべく最高権力を目指す。一方のムイタックは渇望を遂げるため、脳波を用いたゲーム《チャンドゥク》の開発を進めていた。過去の物語に呪縛されながら、光ある未来を乞い願って彷徨うソリヤとムイタックがゲームの終わりに手にしたものとは……。 第38回日本SF大賞&第31回山本周五郎賞受賞作品
カンボジアの恐ろしい歴史と、翻弄された人々のドラマに圧倒される!
ムイタックが開発した驚異のゲームとは?
歴史と最新科学が融合した、不思議な物語に引き込まれます。
歴史の不条理を描く度:★★★★
物語は、サロト・サル…のちにポル・ポトと呼ばれる人物が、
高校教師をしながら、腐敗した政府への革命を企てている時代から始まります。
サロト・サルの隠し子の可能性がある少女・ソリヤは、
たまたま彼女を引き取った、優しい両親に大事に育てられましたが、
秘密警察のせいで、両親も頼りにできる大人も失ってしまい、
辛い少女時代を送ることに。
ソリヤは、人の嘘を見やぶる、天才的な頭脳を持つ少女で、
その頭脳を用いて、何とか生き延びていきます。
もう1人の主人公が、貧村で生まれた神童・ムイタック。
頭の良さで浮いてしまいますが、兄と村で平和に育ちます。
しかし、彼の村も、革命からの恐怖政治に翻弄され…。
2人とも、過酷な運命を余儀なくされますが、
他にもたくさん出てくる登場人物たちも、軒並みとんでもない目に!
この時代、読めば読むほど、無茶苦茶な独裁のせいで、
人々が、地獄のような日々を送らされていたのが分かります。
読んでて本当に、ゾ~っとしました…。
上巻は、主人公の少年少女時代の、ポル・ポト政権下での生存サバイバルが描かれていて、
そのあまりの凄惨さに圧倒される、緊迫の歴史小説。
カンボジアの歴史な、全然詳しくありませんでしたが、
読んでいれば大体わかるように書かれているので、大丈夫でした。
下巻では時が進み、政治家と大学教授に成長した2人の、
過去の決着と、未来のための戦い:ゲームが描かれており、
近未来的なシーンが増え、一気にSF感が増します。
登場人物の入退場が激しく、何が起きるか分からないから、
もうハラハラハラハラ…。
ドキドキして読みながら、歴史・脳科学・宗教・文化の勉強になるという作品。
2人の天才に翻弄される度:★★★★★
やっと独裁政治が終わったと思ったら、革命を起こしたポル・ポトたちによって、
更なる恐怖統治が行われる、という恐ろしい時代。
知識人とバレたら処刑され、皆が平等に財産を没収され、
朝から晩まで集団農場で、監視し合いながら働かされる日々。
多くの登場人物が、語り手として登場しますが、
ただひたすら無茶苦茶な統治に翻弄され、気力を失うばかり。
その状況下で、頭脳と観察眼で、身の回りの人間をかばいながら、
生存しているのが2人の天才、ソリヤとムイタックです。
この2人、上巻で出会い、ゲームで交流するのですが、違う道を行くことに。
下巻で、お互いに地位と力を得た2人が、
どんな方法で、過去の決着をつけるのか…というのが、作品のテーマの1つ。
ずば抜けて頭がよく、心の内を他者にほとんど見せないので、
なかなか読者も、2人の真意や目的が分からず、クライマックスまで目が離せません。
歴史とSFと不思議と…度:★★★
当時の人々の考え方や、歴史的事実の詳細な描写があり、
かつ近未来SFの電脳ゲームや、脳科学の問題なども描かれています。
そしてさらに、何とも現実離れした変人も登場!
当たりすぎる輪ゴム予言青年や、
修行により、泥の声を聴き、泥を操る男や、
13年まったく喋らなかったのち、美声で人を惑わすようになる、
しかし言ってることは意味不明な男、などなど。
妄想なのか、本当に魔術的な力があるのか、いまいちよく分からない、
不思議メンバーが出てきます。
彼らによって、人知を超えた何かも関与しているかのような、
おとぎ話のような雰囲気まで合わさっており、
何とも言えない魅力が…。
1人1人のドラマが印象的な、重厚な歴史小説パートと、
人間の脳の機能を追求し、ゲームとして表現するSFパート。
どちらも、読み応えたっぷりです。