作者名:米澤 穂信 創元推理文庫
高校生の心中事件。二人が死んだ場所の名をとって、それは恋累心中と呼ばれた。週刊深層編集部の都留は、フリージャーナリストの太刀洗と合流して取材を開始するが、徐々に事件の有り様に違和感を覚え始める。太刀洗はなにを考えているのか? 滑稽な悲劇、あるいはグロテスクな妄執――己の身に痛みを引き受けながら、それらを直視するジャーナリスト、太刀洗万智の活動記録。「綱渡りの成功例」など粒揃いの六編、第155回直木賞候補作。
太刀洗万智の鋭い推理で、明らかになる、事件の残酷な真の姿。
「知って伝える」ことの困難と、それに立ち向かう姿が、胸に迫る短編集です。
痛みを残す、容赦のない傑作度:★★★★★
長編「王とサーカス」では、驚き、かつ胸が苦しくなる事件の真相と、
ジャーナリストとして伝えることの難しさ、危険性が描かれていました。
この点は、短編と言えど、変わらず。
ときに容赦のない残酷な事件の真相と、
変わらぬ太刀洗万智の姿勢と苦悩が、どの作品にもしっかりと描かれています。
表題作「真実の10メートル手前」は、
会社が倒産、詐欺師扱いされた女性が失踪し、わずかな手がかりから彼女を探し出そうとする話。
ラスト、まさに真実の10メートル手前で、太刀洗が思うこととは…。
極端な考え方の男性の語りで始まる、人身事故現場で起きた出来事の話「正義漢」。
20ページ程度の短い話ですが、ひねりが効いていて、読み応えあり。
高校生の心中事件の真実が暴かれる「恋累心中」は、最も痛々しい話です。
純粋な若者の悲劇、と世間の耳目を集めた事件ですが、
取材をすると、奇妙な点がいくつか見つかり…。
謎を追求していった結果、明らかになるのは、あまりにもやりきれない残酷な真実。
太刀洗の推理が冴え、ラストシーンの彼女らしさが、印象に残ります。
孤独死した老人のことで悩む中学生の前に、太刀洗が現れる「名を刻む死」。
身勝手な人間と、真面目で思いやりがあるゆえに悩む人間が描かれ、
何とも‟らしい”方法で悩みから解放しようとする太刀洗の、
最後の一言がきいている作品です。
幼女殺害事件を、ある人物が太刀洗とともに追うことになる「ナイフを失われた思い出の中に」。
この話は、推理が始まるまで、
文章にこんな意味があったとは、全然気が付きませんでした。
事件の真相とともに、2人のやり取りも気になる作品。
土砂崩れから生還した老夫婦に、太刀洗がある質問をする「綱渡りの成功例」。
読み終わった後に、上手いタイトルだったなぁ、と思わせる話でした。
最後も、終わりなき戦いを続ける太刀洗らしいもの。
以上6編、どれも気が抜けないというか、胸にどすっとくる作品ばかりです。
報道の危険性に戦慄…度:★★★
驚くべき事件の真相と、細かい不審点を見逃さない太刀洗の推理力、
そして、事件を伝えることの難しさが、このシリーズの見どころ。
6編どの話にも、事実が捻じ曲げられてしまったり、
不用意な報道が、取り返しのつかない事態を招いてしまったりする、
その危険性が描かれており、緊張感があります。
個人でも簡単に、情報を発信できる時代に生きている危うさを、
このシリーズを読むたびに、考えさせられるというか…。
読者も、報道に対する見方が、何というかシャキッとする作品だと思います。
嬉しい驚きも!度:★★★★
主人公・太刀洗万智が、最初に登場するのは、
初期の作品である、ボーイミーツガールミステリの傑作「さよなら妖精」。
この作品では女子高生で、メインの2人をサポートする、切れ者の同級生、
という感じのポジション。
2015年発表の「王とサーカス」で、フリーのジャーナリストとして、
事件の真相を導き出す主人公として活躍しました。
「王とサーカス」では、「さよなら妖精」はほとんど関係ありませんでしたが、
本作では、2つの短編に、「さよなら妖精」の関係者が出てきます。
読んでいて気づいたとき、ああ!彼だ!と、すごいテンションがあがりました。
「王とサーカス」と本作を合わせて、ベルーフシリーズと呼ぶらしく、
シリーズというからには、これからも太刀洗万智の活躍が描かれていくはず。
その中で、「さよなら妖精」の関係者が、また出てきたら嬉しい限りです。
思わず、さあ!と気合を入れて読んでしまう、甘さのないミステリ短編。
まさに孤高のジャーナリスト・太刀洗万智の「活動記録」である本です。