作者名:桜庭 一樹 文春文庫
伏―人であって人でなく、犬の血が流れる異形の者―による凶悪事件が頻発し、幕府はその首に懸賞金をかけた。ちっちゃな女の子の猟師・浜路は兄に誘われ、江戸へ伏狩りにやってきた。伏をめぐる、世にも不思議な因果の輪。光と影、背中あわせにあるものたちを色鮮やかに描く傑作エンターテインメント。
江戸の町を騒がせる異形の者、伏。
主人公も読者も、伏をめぐる因果な物語に引き込まれます!
時代×エンタメ×アクション小説度:★★★
徳川の世の江戸で、穏やかな町民の暮らしを妨げる存在。
それが、伏(ふせ)と呼ばれる、犬の血が入った特殊な人間たちです。
見た目は人間ですが、犬のように身軽で素早く、
気性は残忍、簡単に人を殺せてしまう、と言われており、
被害を受けて幕府も、伏討伐に懸賞金を出すことに。
祖父を亡くし、生まれ育った山をでて、
腹違いの兄・道節のいる江戸へやってきた、猟師の少女・浜路は、
剣に秀でた兄とともに、伏退治に乗り出すことになります。
最初は、浜路と道節が、江戸の町で伏との対決を繰り広げる話が展開しますが、
途中、里見八犬伝の真実を書いたという、贋作・里見八犬伝が語られ、
妖しい美青年の伏・信乃の、ある旅の話も入り、
そして、再び戦いへ…と、いくつかの物語がテンポよく描かれます。
伏のルーツをたどる謎解きあり、大捕り物のアクションあり、
物の怪の伝記要素あり、翻弄される人間ドラマありの、エンタメ作品!
ハラハラするアクションと、切なく胸に迫る展開が目まぐるしく、
一気読みしてしまいました。
どの物語も印象深い度:★★★★★
大きく分けて、3つの物語が描かれています。
元気で健気な女の子・浜路と、兄の伏退治の物語。
異形の存在・伏たちの、儚くも激しい生の物語。
伏姫と弟、そして犬の八房の、いびつで強烈な物語。
江戸を舞台に、登場人物が大立ち回りを繰り広げる、浜路のパートは、
勢いがあり、兄妹の微笑ましいやり取りもあり、
エンタメ色が強く盛り上がります。
対して、ある若者がまとめた、贋作・里見八犬伝のパートは、
うってかわって、残酷で恐ろしく、かつ切ないものに。
伏姫と八房の、始まりの物語が明かされ、重厚でインパクトのある内容です。
浜路と接触の多い、伏・信乃が語る、伏たちの不思議な旅の物語は、
またまた雰囲気が一変し、異形の者たちの風変わりなロードノベル。
どのパートも、読みごたえがあって、面白い!
どれがいちばん印象に残るかは、人それぞれだと思いますが、
これらの物語が絡み合って1つになっているのも、この作品の魅力だと思います。
伏の魅力!度:★★★★
しっかり者で強いけれども、やっぱり小さな女の子である浜路。
大男でだらしないけれど、一流の剣士で妹思いの道節。
変人だけれど、何だか憎めない青年・滝沢冥土。
訳ありだけれど、何だかんだでいい人な、一膳飯屋のおかみさん・船虫…などなど、
魅力的な人間が登場しますが、敵である伏たちが、負けずに魅力的!
人間よりドライで達観した感じの伏ですが、
ただ人を襲い殺す化け物、というだけではなく…読むほど、せ、切ない。
この作品は、とにかく‟伏の物語”であり、
そういう意味では、彼らこそ主人公、なのかもしれません。
浜路の活躍も面白いですが、個人的により印象に残ったのは、
伏姫の辿ったとんでもない運命の物語と、伏たちの旅で起きた出来事。
主人公の敵が、とにかく魅力的な作品でした。
日本文学に残る名作を、斬新にアレンジ!
桜庭一樹の持ち味が生かされた、スピード感のある時代小説です。