作者名:ミネット・ウォルターズ 創元推理文庫
1920年冬、エルシーは教会で4歳年下の純朴な青年ノーマンに声をかけた。恋人となったその男性が、4年後に彼女を切り刻むなどと、だれに予想できただろうか──。かのサー・アーサー・コナン・ドイルが判決に異議を表明したという、英国で実際に起きた事件をもとに執筆された「養鶏場の殺人」と、老女二人の強盗殺害事件を通して、小さなコミュニティーにおける偏見がいかにして悲惨な出来事を引き起こしたかを描く「火口箱」を収録。現代英国ミステリの女王が実力を遺憾なく発揮し、犯罪を通して人々の心理を巧みに描き上げた傑作中編集。
実際に起きた事件をもとにした恐ろしい話と、
コミュニティ内の偏見と差別が招く殺人の話。
どちらも、クオリティーの高い作品で、楽しめます!
どっちの話も心に残る度:★★★★★
「養鶏場の殺人」は、病的に神経質で結婚を迫る女性エルシーと、
純朴で若いけれども追い詰められていく青年ノーマンの、悲劇的事件の話。
22歳のエルシーは、4歳下のハンサムな青年ノーマンがずっと気になっていて、
何とかお近づきになり、結婚話がでるまでに2人の仲は進むのですが…。
最初の文章で、エルシーがノーマンに殺害されることが判明するし、
序盤からエルシーが、人に愛され幸福を掴む女性ではないことが分かります。
しかし結末が分かっているのに、何だろうこのハラハラは…。
エルシーの悲しい暴走と、若さゆえに上手く対処できないノーマンのすれ違いが、
じわじわと迫ってきて、心臓に悪い!
「火口箱」は、イギリスとアイルランドの間の、根深い差別問題が、
とんだ事件を招く話。
村に住む老女と住み込みの看護師が殺害され、
素行が悪いとされていた、アイルランド人労働者の男性が捕まります。
逮捕された男性の両親の家には、嫌がらせがされるようになり、
彼らの友人である女性シヴォーンは、
警察の、事態に対する無関心を何とかしようとするのですが…。
徐々に、小さなコミュニティ―内でトラブルが起き、
住民同士の偏見が暴発する事態に陥ります。
事態が混乱する中で、明らかになった真相は何とも意外なもの。
より心に残り、読んだ後しばらくうわ~っとなるのは、
「養鶏場の殺人」の方ですかね。
上手いこと考えられたミステリで、意外な展開に唖然とするのが「火口箱」です。
ミステリとして、良作なのは「火口箱」なのでしょうか…。
でも、とにかく一気読みしたくなるのは、「養鶏場の殺人」。
悲劇が起きるのは分かっているのに、止まらない止まらない!
病んでいるがゆえに、恐ろしくて止まらないのです。
悲劇としか言いようがない度:★★★★
「養鶏場の殺人」は、本当に悲劇としか言いようがありません。
どこかが違っていれば、こんなことにはならなかったのに(泣)
本編の後に、事件の真相は実はこうだったんじゃないかという、
作者なりの解釈が書かれているんですけど、それが説得力があって。
でもこれが真実だったら、うわあ~悲惨…。
まぁ、でも正直すごい面白いです。
病んでるエルシーの執拗さと、追い詰められたノーマンの必死さ、
周りの人間の対応が、順番に、ゆっくり首を絞めるように綴られて、
どんどん逃げ場がなくなる感じを描くのが、すごく上手い!
悲しくって恐ろしいサスペンスでした。
誰が善人か予測不能度:★★★
「火口箱」は、多くの登場人物が出てきますが、
最初と最後では、人物の印象が変わりました。
中編ながら、がっつり騙されるミステリで!
差別問題、パッと見た感じの強者と弱者、普段の言動、
そんなものに騙されてはいけないんですね…。
アイルランド人とイングランド人の、差別意識の強さに驚きます。
しかし…ただただ偏見で暗くなるだけではない、
意外性たっぷりの結末が待っているミステリでした。
2回目は、また違った視点で楽しめるかも。
タイプの異なる、傑作中編が2作楽しめます。
中編が気に入った人は、ぜひ長編も!