作者名:カズオ・イシグロ ハヤカワepi文庫
品格ある執事の道を追求し続けてきたスティーブンスは、短い旅に出た。美しい田園風景の道すがら様々な思い出がよぎる。長年仕えたダーリントン卿への敬慕、執事の鑑だった亡父、女中頭への淡い想い、二つの大戦の間に邸内で催された重要な外交会議の数々―過ぎ去りし思い出は、輝きを増して胸のなかで生き続ける。失われつつある伝統的な英国を描いて世界中で大きな感動を呼んだ英国最高の文学賞、ブッカー賞受賞作。
日本人には、何となくのイメージしかない執事。
その大変な仕事内容と、誇り高さにびっくり!
厳しい仕事に人生を捧げた主人公…旅の果てに彼の胸に去来する思いとは?
興味津々、執事の世界度:★★★★
舞台は、1956年のイギリス。
主人公は、イギリスの名家に長年仕えたベテラン執事・スティーブンス。
彼は、尊敬できる主に仕え、「偉大な品格ある執事」にならんと、
努力を続けてきた、非常に、非常に真面目な男性です。
彼が語る文章でつづられている作品ですが、
もうザ・執事!と言わんばかりの文体と内容。
日常会話もこんな調子なんだろうか(汗)
彼が仕えたダーリントン家は、素晴らしい家柄でしたが、
ダーリントン卿が亡くなられた現在、アメリカ人のファラディ氏が屋敷を所有しています。
気のいいファラディ氏に、自分が屋敷を開ける間、
少し旅行でもしてみてはどうかと言われたスティーブンスは、
手紙を受け取ったのがきっかけで、以前勤めていた女中頭に会いに行くことに。
ご主人様の車を借りて、イギリスの田舎を行くドライブ旅行に出発します。
そこで出会うのは、素朴で親切な地元民と、素晴らしい田園風景!
美しい景色を見ながら、今までとは違った時間を過ごすスティーブンスですが、
彼が考えるのは、やはり執事としての在り方についてで…。
彼が思いだす印象深いエピソードが語られ、
読者は世界大戦前の煌びやかな上流階級の世界へいざなわれます。
仕事と誇りと人生と…度:★★★★★
執事というのは、ご主人様のそばに控え、
屋敷内で快適に過ごせるように部下を監督するのがつとめ、
というのが日本人が抱く仕事イメージですかね。
読んでいくと、だいたいそれで合っているのですが、
大きいお屋敷をまとめる執事の重責は、予想以上だと分かります。
作中、大物を大勢招いてのパーティーが数日にわたって開かれるのですが、
それの準備と当日のトラブルの応対の様子が…こりゃあ大変だ…。
どんなイレギュラーな事態にも、品位ある行動が求められる、
神経の休まらない仕事!
そんな過酷な仕事を続けてきたスティーブンスを支えてきたのは、
ただただ良き執事とならんとする意志と、自分の仕事に対する誇りでした。
しかし、素晴らしい執事であろうとする努力は、ときに過ちも招き…。
休暇の旅を楽しみつつも、品格ある執事の在り方についての考えが止まらない彼は、
「そういえば、こういう象徴的な出来事がありました…」と自らの仕事人生の中で、
特に印象深かったエピソードを、読者に語ってくれます。
最初はただひたすら、執事の仕事内容と優雅な世界と、
スティーブンスの有能さが楽しめるのですが、
だんだん、女中頭とのすれ違いやダーリントン卿の変化に対する、
複雑な事情が見えてきて…?
最後の最後、旅の終りに、途方もない感情が押し寄せるシーンでは、
ウルっとしてしまうかも!
感動とともにユニークさも感じるラストで、すごく好きです。
この人は、もう生まれついての執事ですな~。
古き良きイギリス度:★★★
スティーブンスが旅をしながら語る、現在パートが1956年。
彼が語る印象深いエピソードは、1920~1930年代が主です。
大きなお屋敷では、銀の食器が磨かれ、正装をした紳士淑女が招かれ…
まさに格調高い、古き良きイギリス貴族の暮らしが描かれます。
こういう優美な部分は、読んでいてとても楽しい!
現在パートでも、イギリスの田舎の田園風景と気の良い人々との交流があり、
のどかで時間がゆっくり流れていて…
過ぎ去った時代の魅力をたくさん感じられる物語でした。
しかし、それと対をなすように、戦前のきな臭い緊迫感が過去パートから感じられ、
ただ癒され郷愁を覚えるだけでなく、退屈しない作品です。
普段は、もっとエンタメ色の強いミステリやSFを選びがちなんですが、
カズオ・イシグロの作品はあまり読んでいなくて、
執事目線のお屋敷事情に興味があり、購入。
読み始めたら、スティーブンスの語りが読みやすくて引き込まれて、
一気に読んでしまいました!
伝統を重んじる英国の世界は、現代日本人にはとっても新鮮!
現代ミステリや大冒険のSFが好きな人、たまにはこういう作品もいかがでしょう?