作者名:北森 鴻 講談社文庫
年老いた俳人・片岡草魚が、自分の部屋でひっそりと死んだ。その窓辺に咲いた季節はずれの桜が、さらなる事件の真相を語る表題作をはじめ、気の利いたビアバー「香菜里屋」のマスター・工藤が、謎と人生の悲哀を解き明かす全六編の連作ミステリー。第52回日本推理作家協会賞短編および連作短編集部門受賞作。
美味しいビールと料理がふるまわれる店のマスターは、客の話の全てを見抜く!
謎の意外な真相は、苦く切なく、ときに優しい…大人の連作短編集です。
大人の上質なミステリ度:★★★★★
入り組んだ道の先に、ひっそりと佇んでいる、ビアバー「香菜里屋(かなりや)」。
ここでは、常時4種類のビールと、絶品の料理、
そして、年齢不詳の人懐こい顔のマスター・工藤とのおしゃべりが楽しめます。
6つの短編はすべて、常連客が持ち込んだ謎を、
工藤が鮮やかな推理で解き明かす、という安楽椅子探偵もの。
第52回日本推理作家協会賞短編および連作短編集部門受賞作である、
表題作「花の下にて春死なむ」が、いちばん最初に収録されています。
年老いた俳人が病死し、俳句仲間で彼を気にかけていた若い女性が、
素性が謎だった彼のために、何とか故郷を探し出して、
遺品を帰そうとする話なのですが…。
彼が死んでしまったとき、窓辺に置いた桜の枝が、
季節はずれの寒さにもかかわらず、なぜか花を咲かせたのでした。
彼が一度も故郷に帰れなかった謎、季節外れの桜が奇跡のように咲いた謎。
この2つの謎の真相は、何とも予想外!
「上手い」と思わず言ってしまうような、受賞も納得の、クオリティの高い作品でした。
素晴らしい構成度:★★★
表題作以外の5篇も、大人の悲哀や人生の悩みが詰まった、秀逸な短編です。
その構成というか、収録順も、
苦い話の後に温かさがあって、悲しい話の後に遊び心があって…
という感じで、味わって読めました。
2つ目の「家族写真」は、駅の無料貸し出し小説の中に、
一般家庭のモノクロ家族写真が、挟まれていた謎について、
一体誰へのメッセージだったのか?と、常連客が推理をし始めるのですが…。
常連客もすごいけど、工藤(というか作者)は、さらにすごい。
3つ目の「終の棲み家」は、川辺に小屋を作って暮らしていた老夫婦と、
カメラマンの交流が、予想外の結末を迎える作品。
意外な真相が余韻をもたらす話で、個人的に好きです。
4つ目の「殺人者の赤い手」は、小学生の間でささやかれる都市伝説と、
殺人事件の目撃談との関連を、探ろうとする話で、
最期は「あ~、なるほど!」で、スッキリ解決!
5つ目「七皿は多すぎる」は、打って変わって、
回転寿司屋で、連日同じ時間帯に、マグロばかり7~8皿を食べる男性の話を聞き、
店に来た客が、みんなで推理に熱中するという平和な話です。
自分なりの説を組み立てても、面白いかも。
最期の「魚の交わり」では、表題作の亡くなった俳人が、
障がいのあった若い女性にまつわる謎にも、かかわりがあることが分かり、
再び過去を調べる、という話。いろいろある人だなぁ…。
人の心の動きや本音について考えさせられる、
この本らしい大人のミステリで、締めくくられています。
魅力的な推理空間度:★★★★
何といっても、ビアバー「香菜里屋」が素敵!
こだわりのビールがあり、気の利いた美味しい料理がさっと出てきて、
マスターは、客の気分を的確に読んでくれるし、
運がいいと、客が不思議で気になる謎を持ち込んでくる…。
…常連になりたい!
描かれる謎の真相や、登場人物の抱える悩みは、
悲しく辛いものであっても、
作品全体がそこまで暗い雰囲気にならないのは、
悩める人を包み込んでくれる、お店とマスターの魅力のおかげかも?
この「香菜里屋シリーズ」は、全4作で出ているそうなので、
本作が気に入った方は、続編もどうぞ!
連作短編集「メイン・ディッシュ」もおすすめです。
ハイクオリティの短編集を楽しみたい人に、北森作品はおすすめ!
美味しそうな料理にうっとりしながら、上質なミステリを楽しめます。