作者名:太田 忠司 文春文庫
「月読」とは、死者の最期の思いを読みとる能力者。月読として生きる朔夜が、従妹を殺した犯人を追う刑事・河井と出会ったとき、さらに大きな事件が勃発して―。人は死の瞬間、何を思うのか。それを知ることに意味はあるのか。地方都市で鬱屈する若者たちの青春を描く、著者渾身の傑作ミステリー長篇。
月導は、謎を解き明かす鍵になるのか?
幻想ファンタジーのような設定ながら、思惑入り乱れる本格ミステリ!
不思議で美しい世界観度:★★★★★
特殊な設定を活かした、独特な雰囲気があるミステリ長編。
物語の世界では、人間が死ぬとある例外を除き、「月導」というものが残ります。
この月導は、実際に触れるものであったり、音や匂いなど形のないものだったりと、実に多種多様。
例えば作中には、ドアに浮かんだレリーフや大きな岩、小さな虹の模様や冷気の塊などが出てきます。
この月導に、「月読」という存在が近づくと、死者が最期に遺した思いを読み取ることが可能。
この月読は、先天性の非常に特殊な才能で、
才能があることが分かると、親から引き離され年長の月読「宿父」のもとで育てられます。
ちなみに、月読が読み取った内容は、事件の捜査の証拠にはなりえません。
う~ん、何とも幻想的で面白そうな設定!紹介文読んですぐ購入しました!
この設定を活かし、複雑な人間関係と秘密が入り混じった殺人事件を描いています。
幽玄で美しい現象のある世界観と、生々しい事件の描写が融合しており、
クライマックスには驚きの真実とハラハラの緊急事態が用意されていて、面白い!
丁寧なミステリ度:★★★★
物語はある地方都市が舞台で、深い悩みを抱える男子高校生・克己がメインのパートと、
従妹を殺された刑事・河井と、謎めいた月読の青年・朔夜のパートに分かれます。
克己のパートでキーパーソンなのが、同級生の訳ありお嬢様・炯子。
炯子の育った香坂家は名家だけれども、何やらドロドロのお家事情があり、
母・涼花が開いた月待の宴には、癖のある人間たちが集結。
その夜、なんと殺人事件が起きてしまいます。
克己は、なぜか香坂家のトラブルに巻き込まれてしまい、その途中で、朔夜たちと知り合うことに。
朔夜の方はというと、従妹を殺されて個人的に捜査をしていた河井と出会い、
20年前に行方不明になった自分の宿父にまつわる調査をしながら、殺人の捜査に協力することになります。
この2つのパートの語りが進むほどに、殺された従妹の奪われた写真やら贋作事件やら理由が判明していない自殺やら、
いろいろと謎が重なり、どんどん事情が込み入っていき…。
クライマックスの謎解きで、いっきになるほど!となるのですが、
今回だけでなく20年前の真相も同時に明らかになり、えっ⁉という驚きの仕掛けもあり!
緻密に考えられたミステリでした。
そして月導に込められた、最後のメッセージが明かされていくのも、いい…。
闇を抱える人間度:★★★
月読という特殊な才能を持ち、普通の人生は送れなかった朔夜を始め、
進路を決めるころに、大きな悩みを抱え込んだ克己も、
訳ありの家で、育ての母を憎みながら暮らし、決定的に仲たがいをしてしまった炯子も、
従妹の無残な死を自力で捜査し、刑事らしいとは言えない気質の自分を省みる河井も、
みんな心に大きな闇や、空洞を抱えている様子です。
事件に遭遇する、香坂家と関りの深いクセありの男性たちや、
魅力的だけれど、まともな人間とは思えない振る舞いをする涼花など、
メインではない登場人物も、ちゃんとした生活してます?と疑いたくなるくらい、訳ありそう!
というか、みなさん怪しいです。
こうした鬱屈した人物たちの思惑が絡み合い事件が起きるので、一筋縄ではいかず…。
殺人事件と、悩みを抱える若者の心理を、丁寧に描いた作品。
ちなみに、続編となる中編集「落下する花~月読~」があります。
ちょっと変わった設定のミステリが好きな人におすすめ!
幻想的な雰囲気を楽しみつつ、犯人当てにチャレンジしてみては?