作者名:ヒュー・ウォルポール 創元推理文庫
孤独な中年女性ソニアは、ある日家の前に倒れていた美しい青年を見るに見かねて家へ招き入れる。文無しで家族も養えないほど困窮したその青年は、ソニアの家に飾られた芸術品に優れた鑑識眼を発揮し、また立ち居振る舞いも洗練されたものだった。その日から青年やその家族と交流を持ち始めたソニアだが、徐々に青年は彼女の生活に立ち入り始め……江戸川乱歩が〈奇妙な味〉の代表例として挙げた名品「銀の仮面」ほか全13篇を収録する。繊細な技巧が編み出す恐怖と不安に満ちた日本オリジナル傑作選。
とにかくどの話も、「じわじわ」くる!
丁寧に不安感を煽ってくるストーリーが、何だか癖になる短編集です。
狂気と怪奇、どっちが好き?度:★★★★
「不安と恐怖を見事な技巧で切り取った13編」と紹介文に書かれていますが、
まさにその通りの短編集でした。
幽霊が出てくる怪奇ものと、徐々ににじみ出る人間の狂気を描いたものの、
2種類の恐怖短編が収録されていて、
中には、ほっこりするものと、がっつり恐怖ではない作品も。
インパクトがあったのは、やはり表題作の「銀の仮面」でした。
健康で裕福で母性に溢れているけれど、孤独な女性・ソニアが、
美しいけれど貧困に苦しんでいる青年に出会い、悲劇的な結末を迎えるお話。
‟ここで断ったら、私が悪人になってしまうし、実際に一人じゃ寂しいし…。”という、
いい人は確かにそう思うだろうという心理に、付け込まれちゃうんですね。
暴力的な侵略者より、こっちの方が怖いかも!
もう一つ印象に残った話が、「中国の馬」。
自立した女性であるミス・マクスウェルは、とにかく自分の家が好き。
好きすぎて好きすぎて、途中から、読者を引かせます(汗)どんだけ?
でも、ちょっとシャーリイ・ジャクスンっぽいというか、
個人的に、妙に魅力的な病んでる話でした。
友好的に話しかけてくる男性を、なぜか敵であると認識してしまう「敵」は、
いちばん切なさを感じました。何だか好き…。
こういう風にしか、関われない2人っているのかなぁ、なんて考えてしまいました。
この微妙な気持ち、ぜひ味わっていただきたいです。
人間心理の掘り下げ度:★★★★★
どの短編も、主人公は、鬱屈した心理を抱えています。
「トーランド家の長老」で、大きな働きをするコンバー夫人は、底抜けに陽気な性格ですが、
彼女の屈託のなさによって、複雑な人たちが、取り返しのつかない変化を迎えます。
横暴な夫と物静かな妻の組み合わせが、読者に不安を感じさせていく「死の恐怖」や、
嫉妬が悲劇と恐怖を招く「みずうみ」といった作品は、
この人たち、ろくな結末迎えないよな…と感じさせるくらい、複雑な精神状態をしていらっしゃる。
「ルビー色のグラス」「海辺の不気味な出来事」「ターンヘルム~もしくはロバート伯父の死」などの、
子どもが主人公の作品でも、不気味さと不安感は変わらず!
内向的な子どもの微妙な心理を切り取る話も、秀逸です。
読んでるこっちが特に不安になるのは、「虎」という話。
なぜこんな心理に?というのが、丁寧に描かれていて、なんかこう…ねっとりじっとり怖い!
でも、けっこうお気に入りなんですよね…。
これは、レイ・ブラッドベリみたいな雰囲気だなぁと感じました。
怪奇短編の良作度:★★★
最後の一行で、一気に物語が反転するとか、
そういうドカン!というインパクトの短編集ではないです。
あくまで、ゆっくりじっくり、‟忍び寄ってくる“感じを味わう、雰囲気たっぷりの物語。
背筋のぞわぞわ感を大事にしているというか…。
文章も、上品で美しいです。
ふむふむ、と読んでいき、読後振り返って、うん面白かったとしみじみ思う…そんな本でした。
2回目の方が、面白さを感じる話が結構あるかも?
表題作のインパクトが強いですが、他の作品のどれがいちばん心に残るかは、
人によって分かれそうです。
まとめると、「じんわり怖い、しかし味わい深い短編集」でした!
凝った表紙イラストも、魅力的!
丁寧で上品な文章が、余計不安感を煽るかも?