作者名:恒川 光太郎 角川ホラー文庫
十一月七日水曜日。女子大生の藍は秋のその一日を何度も繰り返している。何をしても、どこに行っても、朝になれば全てがリセットされ、再び十一月七日が始まる。悪夢のような日々の中、藍は自分と同じ「リプレイヤー」の隆一に出会うが…。世界は確実に変質した。この繰り返しに終わりは来るのか。表題作他二編を収録。名作『夜市』の著者が新たに紡ぐ、圧倒的に美しく切なく恐ろしい物語。
どの牢獄が、一番恐ろしいのか…。
逃げ場がない状況のはずなのに、幻想的に綴られた美しい物語。
閉じ込められる耽美さ:★★★★★
3つの、ホラーかつややファンタジー的作品が収録された、恒川ワールドの短編集です。
1つ目の表題作「秋の牢獄」は、若干無気力な雰囲気が漂うけれども平凡な女子大生が、
11月7日の秋の一日を繰り返すという物語。
北村薫の「ターン」や西澤保彦の「七回死んだ男」など、
SF小説の題材としては、けっこう見られるパターンの話です。
しかし、同じ日を楽しむ人々ならではの歪な楽しみと、
謎の白い毛布をかぶったかのような存在‟北風伯爵”に捕まるかもしれないという恐怖、
終りのない繰り返しの日々で生じる焦燥が入り混じり、
殺伐とした雰囲気と、神秘的で幻想性の強い文章が同居するのが、恒川作品ならでは!
2つ目の「神家没落」は、飲み会帰りの青年が、
立ち寄った藁ぶき屋根の素朴な日本家屋に閉じ込められる話。
どことなく神性な家から出られなくなり慄く彼ですが、更なる異常事態が!
‟こんな暮らしもありかも?”という思いと、
‟いやいや、やはり普通に生きるのがいちばんだ!という思いが、混然とする物語で、
人間のエゴも描かれており、最も恒川作品らしいと思いました。
3つ目の「幻は夜に成長する」は、妖しさと深い暗黒を感じさせる作品。
幻術を使う少女の、奇妙な人生譚という強烈な設定のせいか、
何となくいちばん現実感がなく、幻想的な物語でした。
このように、三者三様の話ですが、共通点は‟ある状況に閉じ込められる、
おぞましくも美しい作品である”ということ。
そのせいか、どの物語も、どこか退廃的で耽美な魅力があります。
じっとりした怖さ度:★★★★
その他の共通点は、‟直接的にがっつりはっきり怖いわけではない”ということ。
読んで、主人公が置かれた立場を想像して、背筋がゾ~っとしてくる、そんな作品でした。
「秋の牢獄」では、同じ日を繰り返す人々の、あまりにも不安定で平和な日々に。
「神家没落」では、受け入れてしまえば、ある意味理想的な生活に。
「幻は夜に成長する」では、少女ならではの残酷な適応力に。
はっきりとしない、得体のしれない恐怖を、じわじわ感じます。
他の作品もそうですけど、こういう、よく考えたら怖っ!という物語を、
美しく幻想的に描くのが、上手いったらないです。
自分で想像する楽しみ度:★★★
この作品に出てくる、いかなる状況にも陥りたくはないですが、
ちょっと想像する分には楽しいかも?
もし同じ一日を繰り返して、新しい人間関係が出来たら?
もし謎の日本家屋に閉じ込められて、異常な現象に直面したら?
もし幻術が使えて、次第にパワーアップしたら?
何だか想像が膨らんじゃう短編集でした。
そんなに長くない話が3つの本なので、気軽に手を出しやすいかと思います。
不思議で怖いけれど、がっつり恐怖のホラーではない…
そんな作品が読みたい時にどうぞ。
どことなく感傷的な雰囲気も合わせて、秋の夜長にゆっくり読むのにちょうどいい作品。
がっつりホラー<幻想ホラーの気分のときには、恒川作品がおすすめです。