作者名:スティーヴン・ダニー 創元SF文庫
「あなたの眼が見たい。わたしは傷ついたりしないわ」地球から来た少女にせがまれ、月世界生まれの彼はゴーグルを外した。これは犯罪行為だった―地球に存在しない、表現しようのない色の眼を直視した者は錯乱するからだ。官憲の手が迫るなか、彼は疑問を抱く。なぜこんな制約を受けるのか。語られぬ真実を暴くため、彼は仲間たちと、月の裏側の巨大な紙の本の図書館を目指す。
100%月世界人。特別な存在である彼らを待つ運命とは?
個性的な名前と設定で、忘れられないインパクトをもたらすSF作品です。
特殊な世界での逃走劇度:★★★★
舞台は、人類が月に移住したり土星まで旅行したりと、宇宙に進出している未来。
主人公の男子高校生・ヒエロニムスは、
月世界でしか生まれない、100%月世界少年です。
100%月世界人というのは、「第四の原色」という自然界には存在しない色の眼を持っていて、
月世界凶眼症者ともいわれる存在。
彼らの眼は、物体の未来の動線を見ることが出来るのですが、
普通の人間の脳では第四の原色を処理できません。
通常人が月世界人の眼を見ると、ひどい錯乱状態に陥ってしまうため、
月世界人はゴーグルを着用するのが義務で、絶対に通常人に目を見せてはならず、
この法律を破ると、問答無用で逮捕されてしまうのです。
しかし、月世界人に並々ならぬ興味を抱いていて、旅行中にヒエロニムスに出会った、
地球人の美しい少女・スズメの上に落ちていく窓(←なんと地球では現在お洒落な名前)は、
彼に必死に眼を見せてと頼み…
その結果、ヒエロニムスは非常にまずい立場に!
月世界人を偏執的なまでに憎む、不気味な人形のような皮膚の刑事・ドギュマンヘッドが、
ヒエロニムスを追い詰めようと迫ってきます。
美しい優等生かつ100%月世界少女・スリューから、驚きの事実を聞かされたヒエロニムスは、
仲間たちとともに、起死回生の一手として、
月の裏側にあるという、紙の図書館を目指しますが…。
差別を受けてきた月世界人。
彼ら自身も知らない、捻じ曲げられた真実が明らかになるとき、驚くべき現象が!
主人公の立場がとにかく難しく、彼を追い詰めようとする陰謀の恐ろしさもあり、
ハラハラが止まりません。
特別な主人公度:★★★★★
この作品の主人公ヒエロニムス・レクサフィンは、
名前もさることながら、何とも個性が満載の少年です。
まず、100%月世界少年であるという点。
そして家庭環境はというと、父親は多少難がある男性ですが、息子のことを心配しています。
しかし母親は彼を産んで以来、レインコート着用で床に臥せり、
ひたすら泣き続け会話すらないという状態。
さらに学業の面でも、彼にはある大きな特徴があり、
そのため非常に極端な学校生活を、秘密裏に送っているのです。
これによって、彼を取り巻く友人たちが、とっても個性的な面子になることに。
本当に色々あるなぁこの子…という感じですが、普通のティーンエイジャーらしさもあり、
その過酷な状況もあって、応援したくなる主人公でした。
世界観と登場人物がすごい度:★★★
犬サイズのハチドリ(⁉)しか鳥類がおらず、
とんでもなく治安が悪い繁華街があり、
月の地球側はネオン街、裏側は何もない砂漠、空はつねに赤茶色、という月世界。
まずこの世界観に引き込まれますが、登場人物の個性もすごい。
髪を青く染めた100%月世界少女スリューや、
好奇心のままに突き進むスズメの上に落ちていく窓、
落ち着いて座っていられず、暴力は日常茶飯事の劣等生クラスの生徒、
人に嫌悪感しか抱かせない刑事、何やら過去にあったらしき両親、などなど。
住民も訪れる人も、影の薄い人があまりいない…。
インパクトが強かったせいか、何年かぶりに読んでも、結構内容を覚えてました。
結末は好き嫌いがわかれそうですが、続編の執筆にとりかかっているし、
映画化も決定しているそうな…楽しみです。
ときに洗練され、ときに猥雑な月世界の、圧倒的存在感!
まさにSF!という世界と、少年少女の活躍を読みたい人におすすめです。